研究活動
クローズアップ
江戸時代の金融ネットワークと町政―伊丹郷町から考える地域社会
国際日本学部 大学院比較文化研究科
加藤 明恵 講師
研究テーマ:日本近世史
金融の視点から紐解く江戸時代の町
江戸時代の摂津国川辺郡伊丹郷町(現兵庫県伊丹市)を対象として、町役人による町運営や、町運営のなかで行われる金融の様相、これらと領主支配との関係について研究しています。江戸時代の伊丹郷町は酒造業によって繫栄した町で、町政を担う惣宿老と呼ばれる町役人は酒造家から選任されていました。伊丹郷町の領主は寛文元年(1661)から明治4年(1871)の廃藩置県まで、公家(貴族)の近衛家でした。惣宿老は伊丹郷町に常駐しない領主に代わって町政一般を任されており、町政組織には金銭関係事務を専門に担当する御金方という役職が設置されていました。伊丹郷町では、惣宿老・御金方を中心に町ぐるみで金融活動がおこなわれた点が特徴的であることが指摘されてきました。
大学に入学し、日本史を学ぶとともに経済・金融にも興味をもっており、これらの視角から江戸時代について研究してみたいと考えていました。学部生の時には2008年にリーマンショックが発生し、お金の貸し借りの様相や金銭貸借における信用の内実を歴史的に考えてみたいとより強く思うようになりました。伊丹郷町では惣宿老・御金方を務めた酒造家小西新右衛門家(現小西酒造株式会社)に伝来した史料の内に、金融関係の史料が豊富に残されており、指導教官の勧めもあり、江戸時代の町における金融の様相を具体的に明らかにできるであろうと考えました。卒業論文で伊丹郷町を対象として研究を始め、まずは御金方の職務内容を一つずつ史料から復元していきました。
伊丹郷町の惣宿老・御金方については従来から研究がありましたが、特に御金方に関しては概要的なものにとどまっていました。そこで、惣宿老・御金方を含めた町役人の職務内容や、酒造家を中心とする町住民に対する領主近衛家の資金の貸付け、御金方が管理した財源の形成・蓄積に関して明らかにすることで、金融活動を主な視座として町運営の実態と領主支配との関係を具体的に検討してきました。
町を動かす立役者・町役人が担った意外な業務
江戸時代の伊丹郷町では、惣宿老を中心に、町庄屋・町年寄といった町役人たちが町政を担っていました。1840年頃の職務日記により、惣宿老等の職務の中心は伊丹郷町内で発生する訴訟の処理であったことが明らかになりました。他にも、家出人の届出や町人からの願書を受け付け、必要があれば領主近衛家の代官に指示を仰ぎ対応しました。領主が町役人に職務を委任したという前提はありますが、惣宿老等は自律的に町運営を行いえていました。
一方、町役人は領主近衛家のために働くことも求められました。天保14年(1843)当時、町庄屋を務めていた伴善右衛門という人物がいました。この年、江戸幕府が江戸・大坂の10里四方内(約40㎞)にある大名領・旗本領等の私領をすべて幕府領化する政策(上知という)を打ち出しました。大坂10里四方には伊丹郷町も含まれるため、近衛家は伊丹郷町も上知の対象となるのか調査しようとします。このとき、幕府の要職である大坂城代に伝手を持つ伴家は、近衛家から必要に応じて大坂城代に上知について尋ねるよう依頼されました。領主自身が表立って動くのはよく思われないという理由で、伴善右衛門が持つ人脈が領主から利用されようとしたのです。
さらに、伴善右衛門は近衛家名目金貸付と伊丹郷酒造米高の増量を幕府に出願するため江戸に向かう役目も果たしました。名目金貸付とは、貴族や寺院が何らかの名目を冠した資金を貸し付けることを言い、幕府からの許可を得ておこなわれ債権保護が期待できました。また、江戸時代の酒造業は営業鑑札である株札を与えられた酒造家のみに営業が認められ、株札ごとに使用できる原料米の上限が定められていました。酒造米高の増量は伊丹郷酒造家だけでなく、近衛家にとっても自家の財政基盤を強化するために重要な出願でした。これらの出願においても、伴家が持つ幕府役職者との人脈が期待されていたと考えられます。
この後、弘化3年(1846)に伴善右衛門は近衛家から惣宿老格に任命されます。伴善右衛門は酒造家でないため、酒造家の内でも特定の家柄の者しか就任できない惣宿老の役職に就くことはできず、惣宿老に準ずる役職として設定されました。伴善右衛門の惣宿老格就任は、大坂町奉行所に関わる町政上の職務や伊丹郷町内での貸付業務によく励んだこと、惣宿老の人手不足が理由でしたが、町役人と領主近衛家との関係や、町役人がもつ人脈や対外交渉力をふまえて領主・町の双方に有益に働く町役人の力量について検討するうえで重要な事例だと考えています。
経済・統治・地域社会のこれからを見据えて―伊丹郷町から描く近世のダイナミズム―
惣宿老等の日常的な職務は領主支配のあり方に規定され、彼等の町政事務遂行の力量が自律的な町運営を可能にしている点は特徴の一つです。また、酒造業が町の基幹産業であることが大きく影響し、酒造家だけが町政組織の最高位である惣宿老に就任できる惣宿老制により、伊丹郷町は酒造家を中心にして町運営がおこなわれることになりました。町役人の世襲は珍しくはありませんが、それに加えて酒造家のみが特定の町役人の役職に就任できる制度となっている都市・町場は特殊な事例といえるでしょう。領主が酒造家に期待した経済的・政治的役割や、特定の生業をもつ町人によって担われる町運営の方法が都市に与える影響を検討することで、地域の産業・経済と都市運営や領主支配とがどのように関係するのか、より具体的な歴史像を描くことができるのではないかと考えています。
地域の側から社会変容の歴史的展開を描き出すことができる点は、地域史研究の大きな魅力の一つです。先に述べた町庄屋伴善右衛門の惣宿老格昇進についても、近世後期の新たな問題に対応しようとして起こった地域社会の変容として捉えることができると思います。同時期の地域運営において類似する動向は他の地域でもみられるのですが、伊丹郷町の経済・社会構造や町運営制度、領主支配の特殊性などの影響を考えながら、起こった出来事を歴史的に位置づけていくことは、研究を進める中で頭を悩ませながらもおもしろい作業です。
地域史研究は、特定の地域の歴史を深く追究して各地域の独自で特色ある歴史を明らかにするとともに、近世社会全体を広く見つめることで、歴史的な出来事の普遍性を明らかにする足がかりの一つともなります。今後は、惣宿老の酒造家経営と領主近衛家による伊丹郷町内での金融との関係を明らかにし、商工業者の経済的活動が領主財政や都市運営をどのように変容させていくのか展望したいと考えています。